2007年05月17日

ウミガメ保護 高齢化で危機(紀伊民報)

5月8日の紀伊民報より、ウミガメ保護のためにボランティア活動をしてきた方々が高齢化し、保護活動が危機に瀕しているという記事です。

 紀南のウミガメ保護活動が、活動家の高齢化で危機にひんしている。新宮、みなべ、串本の活動団体の中心メンバーは70、80代で、産卵期の早朝や深夜に浜を巡回するのは体力的に厳しくなっている。「新宮市ウミガメを保護する会」では、速水政夫会長(81)夫妻が活動をやめ、このままでは会が自然消滅するという。
 速水会長と妻の福枝さん(77)は1975年に、保護活動を開始。賛同者が増え、89年には「保護する会」が発足した。
 王子ケ浜でアカウミガメが産卵する5〜9月の毎日、夜明け前から延長約3・5キロの浜を見回り、上陸数や産卵数を記録、卵を浜中央のふ化場に移してきた。園児を招いて放流会を開き、自然や命の大切さを教え、浜の清掃を通じて環境保護にも力を入れた。会員は約50人いるが会費を納めるだけの人がほとんどで、実質的には速水会長夫妻2人がこれらの活動を担ってきた。
 しかし、速水会長は80歳を迎えた昨年6月、体力の限界を感じて「世界遺産となった浜の環境保護にもつながる。市でボランティアを募り、後継者を探してほしい」と新宮市長に陳情、昨シーズンを最後に活動を断念した。1年たった今も後継者は見つかっていない。
 新宮市の隣にある三重県紀宝町は毎年、ボランティアを募り「ウミガメ保護監視員」を組織、6月から9月にかけて6人体制で活動している。
 速水会長は「活動時間の問題もあり、会員に無理は言えなかった。新宮市も紀宝町のような組織づくりを進め、ウミガメを守る活動の火を消さないでほしい」と話す。
 本州有数の産卵地「千里の浜」があるみなべ町では、元小学校教諭でみなべウミガメ研究班の後藤清代表(78)が1985年ごろから保護活動の中心を担ってきた。
 退職後の88年から5月〜10月中旬にかけ浜を巡回、上陸、産卵、ふ化の数を調べてきた。ピークの6月〜8月末は毎日、午後8時半ごろから深夜未明まで浜を往復している。
 90年から京都大学、2002年から京大に代わって日本ウミガメ協議会(大阪府枚方市)が巡回活動に参加。後藤代表が帰った後の深夜から明け方にかけ、協議会メンバーが滞在し、浜を回っている。この活動に、町が補助金を出している。

 後藤代表はこれまで数人に声を掛けたが、後継者は見つからなかった。「町と協議会の支援でどうにかやってきたが、夜間の活動が厳しく地元で核となるボランティアが育たない。対策を考えないと紀南の保護活動の見通しは暗い」と嘆く。
 23年間活動を続けてきた串本町の「串本海亀を守る会」(中尾勇会長)は、中心メンバーが5〜6人いるものの、70、80代と高齢化が進む。
 5月中旬〜9月下旬の巡回は早朝の午前4時から。足腰が弱くなり、薄暗がりの中、足場の悪い海岸で転ぶメンバーも出てきた。中尾会長(81)も杖をついて回るが、腰をかがめて砂浜を調べるのが苦しく、活動を終えた後、半日は横になって過ごす。
 会費を納める大阪方面の会員もいるが、新宮と同様に巡回活動を担う地元メンバーが増えない。
 中尾会長は「串本の海がラムサール条約に登録され、環境への関心は高まっているが、現実は厳しい。このままでは数年内にも活動が絶えかねない」と話している。


 会員は50人いても、実質的に活動できるのがたった2人というのは本当に危機的状況だと思います。

 そもそも、ウミガメが住める環境を奪ってきたのは、人間の経済活動だと思います。であるならば、ボランティアに頼るだけではなく、国や自治体が、保護のためにもっと力を入れてしかるべきではないでしょうか。

 とくに地域としては、観光資源にもなりうるものであり、小中学校の教材としても有用だと思います。串本町はボランティア活動に補助金を出しているようですが、観光や学校教育と結びつけることで、もっと大きな効果をあげることはできるのではないでしょうか。県や国レベルでの取り組みも必要だと思います。「美しい国」を標榜するなら、特に、環境問題への取り組みは重要でしょう。



posted by Mana at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 動物ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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