2007年02月23日

ありがとうルーシー・盲導犬と築いた絆:第1部・出会いと別れ/2(毎日新聞)

2月21日の毎日新聞山形版に、連載記事「ありがとうルーシー・盲導犬と築いた絆」が掲載されています。
冒頭では、盲導犬育成の歴史が叙述されていて興味深いです。

 ◆誕生
 ◇一番目立たなかった
 犬が視覚障害者を誘導するようになった歴史は、意外に古い。
 最古の史料として残っているのは、紀元79年に火山噴火で壊滅した古代ローマの都市国家・ポンペイ(イタリア)の壁画だ。犬に導かれて市場を歩く男性の様子が描かれている。6世紀にはフランスの宣教師が白い小型犬を連れて布教活動をしたという記録もある。第一次大戦中のドイツでは、戦争によって視力をなくした軍人のために、盲導犬育成学校が設立され、本格的な犬の訓練が始まった。
 日本では1938年にアメリカ人青年が盲導犬と一緒に来日したのが最初。翌年には4頭が輸入され、傷痍(い)軍人が使用した。4頭の死後は一時途絶えたが、アイメイト協会創設者の塩屋賢一氏が復活させ、57年に国産第1号の盲導犬が誕生した。今では九つの盲導犬育成施設が育てた952頭(05年3月末現在、日本盲人社会福祉施設協議会調べ)が活躍している。
 盲導犬は訓練センターに入るまでに、いろんな人の手を経る。盲導犬としての資質を備えた親となる犬(繁殖犬)を預かり、交配や出産の世話をする「繁殖犬ボランティア」(ブリーディングウオーカー)、1歳になるまで一緒に家庭内で生活する子犬育成ボランティア「パピーウオーカー」……。その都度、愛情が注がれ、人間社会のルールを覚えていく。米沢市の今野善一さんを支えてきたルーシーも例外ではなかった。
 富士五湖の一つ、山中湖を有し、早くから避暑地として開けていた山梨県の東南部にある山中湖村。ルーシーは95年10月、ここに住む老夫婦が飼っていた家庭犬(ペット犬)の間に生まれた。父はベン、母はルーシーといい、いずれもイギリス系のショードッグとして活躍できる血統の良いラブラドルレトリバーだった。日本盲導犬協会神奈川訓練センター所長だった朴善子さん(43)=現NPO法人・日本補助犬協会副理事長=が、知人を通して依頼を受け、イギリスから輸入した。朴さんによると、「産まれた子犬はセンターに寄付する約束だった」という。
 盲導犬は血統が第一といわれる。通常は繁殖犬を各訓練センターが選んで交配するのだが、これは優れた盲導犬を育成するためだ。ルーシーのように家庭犬から生まれた犬は珍しいが、当時はまだ繁殖数が少なかったので、家庭犬の子犬を購入したり、寄付を受けることも多かったらしい。
 出産の連絡を受けた朴さんは、老夫婦の自宅に行った。子犬は雄3頭、雌3頭の計6頭。みんな丸々と太った可愛い子犬たちだった。朴さんが呼ぶと近づいたり、犬同士で無邪気にたわむれた。朴さんはその中で最も目立たなかった雌の子犬に目をつけた。「この犬なら大丈夫だ」。ルーシーが盲導犬に向けて第一歩を踏み出した瞬間だった。=つづく


目立たない犬に目をつけた、とありますが、やはりおとなしい犬が、盲導犬には適しているのでしょうか。
大変な訓練を一生懸命こなし、人の手助けをする犬。本当に立派です。
続きが早く読みたいです。

現在入手できる盲導犬関連の書籍一覧


関連図書:沢田俊子『盲導犬不合格物語』(学習研究社)



posted by Mana at 20:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 動物ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ルーシーを時々電車で見かけたことがありました。
新しい家族のもとで幸せに暮らして欲しいなあと思っています。
Posted by エヴリン at 2007年02月25日 22:29
エヴリンさん、コメントありがとうございます。
そうなんですか!地元では有名な犬だったのですか?
本当に、新しい家族のもとで幸せに暮らしてほしいですよね。
Posted by Mana at 2007年02月28日 23:00
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