山の幸への感謝、あやかり、弔い。「森の隣人」として、イノシシを受け入れていた気風は今も、郷土芸能やしきたりにかすかに薫る。中国地方で盛んな亥(い)の子祭り、狩りの作法を伝える九州山地の里の神事…。息づく余情を拾った。
文・石丸賢、林淳一郎 写真・山本誉
宮崎県西都市 夜神楽
舞に伝統の狩猟作法 「姿消したら元も子もない」
りょう線が空をV字に切る、宮崎県西都市の銀鏡(しろみ)地区。創建から五百年余り、ひなびた銀鏡神社は昨年暮れ、年に一度の祝祭の夜神楽で華やいでいた。
太鼓や笛の調べが、風に乗る。社殿の前に設けた舞殿で、神社の氏子に当たる祝子(ほうり)たちが体を翻す。はやし手の頭上に渡した板に、目を閉じたイノシシの頭部が六つ並んでいる。地元のハンターたちが、獲物をはぐくんでくれた山の神にささげた、供え物だという。
「山のもん(恵み)に感謝するのは、山に育った私らの務めです」と三十代目の宮司、浜砂武俊さん(74)。生きる喜びと、犠牲への鎮魂と。一見きらびやかな国重要無形民俗文化財の夜神楽はあくまで、大祭行事(十二月十二〜十六日)の一つにすぎない。
カメラのフラッシュが瞬く境内は、県内外からの観客約二百人で埋まっていた。広島市から訪れた無職下畠信二さん(66)は「イノシシの頭は、ちょっと気味悪い。だけど、しきたりにのっとった儀式は、山の神と向かい合ってる気分になれる」と声を潜めた。
いてつくような冬の夜気の中、神楽は続く。三十三もの演目を舞い終えたのは翌日の昼すぎ、開演から、実に十八時間がたっていた。
銀鏡地区には約千人が暮らす。平地が少なく、水田には向かない。縄文時代から、焼き畑農業が盛んだった。森を切り開いては、火を入れ、焼け跡にソバやヒエを作る繰り返し。「いい米がでけたら、学校のグラウンドまで担いできて、驚き合うたとです」と祝子の一人、浜砂重文さん(67)は懐かしむ。
イノシシを追い出す効果もあった焼き畑が、山火事の不安から二十年ほど前に衰退。段々畑は一層、獣害の標的になった。実るそばから、食い荒らされる。駆除が必要になった。タンパク源にもなるイノシシを狩りで減らし、収穫の無事を待つ―。豊作の祈りは、深みを増している。
終盤近くの出し物、シシトギリ舞いには狩りの作法が織り込まれている。弓矢を手に老夫婦がイノシシの足跡をたどり、猟師たちと合図で包囲網を狭めてゆく、古式ゆかしいイノシシ猟の一部始終をまねる。
「今は弓の代わりに銃を使うが、狩りの手順は一緒。被害さえ出なけりゃいい、という考え方も変わらない」と西都猟友会の銀鏡支部長、浜砂清忠さん(65)。有害駆除に出ても、期間の半分は空砲で追い払うだけ。「イノシシが姿を消したら、神楽も舞えんとです。元も子もない」
大祭の最終日。神社近くの川岸に、大祭を取り仕切る宮人(みょうじ)役の浜砂修照さん(65)たちが集まった。氷雨も構わず、供えたイノシシの頭をたき火にくべる。「暮らしぶりは変わっても、伝統の心を廃らせたら、いけんとです」と修照さん。
イノシシとともに、生きる―。戒めにも似た決意に、銀鏡の人々の心根を垣間見た気がする。
広島県坂町 亥の子祭り
憎い敵 されど祭神 豊作と商売繁盛祈る
♪いーのこ いのこ いーのこもちついて いわわんものは…
甲高い、はやし声が軒先に響く。眼下に遠く、広島湾を臨む広島県坂町の中村迫地区。毎年十一月、約百五十年前から引き継ぐ亥の子祭りが繰り広げられる。
亥の子祭りは、多産のイノシシにあやかり、豊作や商売繁盛を祈る祝いの行事。中国五県一円をはじめ、近畿や四国、九州の一部に伝わる。
民家の玄関先。荒縄をくくり付けた重さ約十キロの石を、二十人ほどの子どもが振り上げ、地面をつく。ついた穴に、清めの紙片をまく。家々から心付けを集めながら、地域中を回る。
「田畑を荒らすイノシシは、昔から好かれんかったろうに。何で、祭神になれたんかね」。亥の子神楽保存会の正原利朗会長(52) が見やる山の手には、イノシシよけのトタン板が目立つ。
昨年、一行を迎えた会社員尾茂康国さん(54)の家は敷地をぐるり、さくで囲ってある。「憎い敵にまつわる亥の子石を招き入れ、喜ぶのも複雑な気分」と苦笑い。 祭りの後、公民館で保存会メンバーが祝い酒を回す。「地域をつなぐ亥の子はええが、イノシシはご免じゃの」。若手の声に、何人かの年配者が応じた。「シシも子を産んで、生きんにゃいけん」「相手の立場も見ちゃらんにゃあ」。ひと呼吸置いて、話の輪にまた、笑いが戻った。
■ 忘れまい 命奪う重み ■
中国地方で供養の動き「心で経唱え、撃つ」
生活のため、地域のためと、心を鬼にして害獣と思い込んでも、命をあやめる抵抗感が日本社会には根強い。中国地方の各地でもイノシシ供養の動きが目立つ。
「心で経を唱えて、撃つのよの」「ウリ坊(幼獣)は殺せん」。取材で訪ねる先々で、有害駆除に出るハンターから苦い胸の内を聞いた。身内が出産を控えた時期は殺生したくない、と銃を遠ざける人も少なくない。
中国山地にある島根県瑞穂町の猟友会は一九九六年春、「鳥獣慈命碑」を建てた。九一年からイノシシ退治が町内で本格化し、獲物の大半を有害鳥獣が占めるようになった。「有害駆除とはいえ、命を奪う重みを忘れないように」と、石碑代は会員が出し合った。
瀬戸内海に浮かぶ大崎上島では獣害が急増中。わなで駆除をする、広島県木江町のミカン農家は昨年、供養祭を始めた。シシにちなんで四月四日。こちらは「過疎地は生きるか死ぬかの戦い。供養の後、仲間と固めの杯を交わすんよ」。
中国新聞特集「猪変(第4部合縁奇縁 特集・神事に息づく共存の気風)」(2003.3.17)


