2006年09月20日

猪の字 名字や地名 親しみ刻む(中国新聞特集「猪変」より)

4-6map.gif イノシシを名字にあやかる一族がある。太田川が貫く広島県加計町の程原地区。十戸の家々はどれも、「猪(いの)」の表札を掲げる。


 約八百年前というから、源平合戦のころだ。源氏に、猪隼太(はやた)という侍がいた。戦に敗れ、今の東広島市まで逃げのびた。何代かの世代を経て、子孫が、さらに山あいの加計町に移住。江戸時代には鉄砲の火薬をこしらえ、生計を立てたという。

 猪姓は珍しく、中国地方では広島市北部と岡山県北部に親類がいるぐらい。「小さい時は恥ずかしゅうて。今は、仕事相手にすぐ覚えてもらえて、助かってます」。週末に、就職先の大阪から帰省していたデザイナー猪尚昭さん(27)が照れる。そばで母親の待子さん (50)も「そうよ。新年会、秋祭りと、親類が何かと集まれる一体感のもとなんだから。ありがたいことよ」

 ◇ ◇

 宍道湖に臨む島根県宍道町。地名の「宍」は、シシとも読む。宍道はシシ道、つまりイノシシの通る獣道なのだ。

 ゆかりの伝説が、約千三百年前の奈良時代の地誌「出雲国風土記」にある。大黒様が犬を連れて狩りに出かけると、犬と二頭のイノシシが石に変わった、という。山際の神社に残る猪石(ししいし)が伝説の名残とされ、町文化財にも指定されている。


4-6.jpg集落を貫く川に、イノシシの絵を彫った橋がかかる猪山地区(広島県戸河内町)

 古い地名ほど、土地の環境や歴史を知るよすがが隠れている。「猪」の字を含んだ地名が中国五県にないか、国土地理院の地図を繰ってみた。猪之子、猪ノ鼻、猪又、猪原…。六十近く、載っていた。イノシシを隣人として、受け入れてきた器量の証しだろうか。

 ◇ ◇

 その一つ、広島県戸河内町の北東部、谷あいに開けた猪山(いのしやま)地区の由来は、谷の中州にある高さ二メートルほどの土こぶだった。イノシシが伏せた姿に似ている。かつては頭部もあったが、大雨で流された。周りの山々も、獣の気配が濃い。

 「強い獣じゃけえね。地区を守ってもらおう願うて、地名に付けたんかも」。地元の農家で、郷土史好きの煙草(たばこ)冨広さん (72)は、そう推し量る。

 猪山の名前は、製鉄について触れた江戸時代の古文書に載っている。たたら製鉄が盛んだった中国山地の集落らしく、猪山にも十一カ所の遺構が残る。大量の薪を切り出し、炉にくべ、鉄を作った。山あっての暮らしを刻んできた。

 煙草さんも若い時分は、山仕事で汗をかいた。材価の低迷で見放され、荒れ放題になってゆく造林地。「森が細って、食い物がなくなりゃ、イノシシは里に出るよ。終戦直後のわしらが、そうじゃったよ。食料がのうて山へ入り、野草も食べた。今はイノシシが、逆襲しよるんじゃね」

中国新聞特集「猪変(第4部合縁奇縁 6猪の字)」(2003.3.22)
posted by Mana at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 動物ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/24040951

この記事へのトラックバック