岡山県和気町の和気神社には、イノシシを霊猪(れいちょ)と呼ぶ習わしがある。参道に鎮座する魔よけのこま犬まで、イノシシだ。長い鼻をつんと上げた石像が、にらみを利かす。 「神の使いと考えているんです。祭神の和気清麻呂さんを助けてくださったので」。宮司の小森成彦さん(57)が厳かに言う。和気で生まれた奈良時代の公家とイノシシを結び合わせた、伝説を話してくれた。
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清麻呂は皇位をめぐる政争で、都から鹿児島に追いやられた。道中、大分・宇佐八幡宮で追っ手に襲われた。その時、どこからともなくイノシシの大群が現れ、暗殺の危機から救ってくれた―。明治時代に清麻呂が十円札の肖像画に選ばれた時も、裏面にはイノシシが刷られたほど、当時は有名なコンビだった。
「人間は、矛盾した生き物だなあ」と、小森さんは最近思う。野獣と知ってあがめ、祈っていたのに、農業被害が増えたら、手のひらを返して駆除に躍起になる。
中国山地にある島根県三刀屋町の禅定寺には、本尊の聖観世音菩薩(ぼさつ)がイノシシに化けたという逸話が残っている。
ある豪雪の冬、餓死寸前の住職の前にイノシシが現れ、脚を食べさせ、命を救ってくれた。それは、菩薩の化身だった。以来、「身代わり観音」と呼ばれ、拝めば食べ物に不自由しないと信じられてきた。町内外の農家は昭和の初めまで、参拝時には種もみを携え、やってきていた。
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「菩薩様も、同じ化けるんなら、肉のうまいイノシシがええと思うたんでしょうなあ」。二年前に住職を引いた後も過疎の山寺の守りをする、岡田慶運さん(83)がにこやかに話す。
岡田さんも害獣と憎まれ、駆除される一方のイノシシに心を痛める。「人間は、野のもんをもっと大切に育てんと、食べていけんはず。命を粗末にしたら、いつか罰が当たる」
廿日市市北部(旧吉和村)の猟友会長を務める酒販業栗栖国泰さん(65)は、束ねたイノシシの毛を空の金庫に入れてある。毛先が二また、三またと分かれ、運が開けると今でも珍重される。「縁起担ぎでお金が増えるように、レジや財布に入れたりしたんよ」
猟を始めて四十年。数年前まで、村内の山で見かけなかったイノシシの気配が濃くなっている。住民の多くは、異変に気付いてない。「給料取りばっかり増えて、山に入る者が減ったけえ」。若者は持ち山の境界さえ、あやしいという。
自宅前の国道186号を、車が行き交う。「昔の人は、貴重なイノシシ一頭をどう使いきるか、じっくり考えたんじゃろうね。毛一本をありがたがるんじゃけえ。やっぱり今は、物がありすぎるんかねえ」
中国新聞特集「猪変(第4部合縁奇縁 4恩獣)」(2003.3.20)


