2008年08月19日

猫石(東京都目黒区)

恵比寿駅から徒歩5〜10分ほどの場所にある防衛省防衛研究所の構内に、「猫石」という石があります。

DVC00302.JPG左が猫石、右が樊獪石です。

DVC00301.JPG猫石。


この「猫石」は、もともと、芝赤羽町の元有馬家(久留米藩主)上屋敷の猫塚に据えられていたものだそうです。
有馬家上屋敷は、維新後の明治4年、工部省所管(赤羽製作所、後に赤羽工作分局)、次いで明治16年に海軍省所管(兵器局海軍兵器製作所、後に海軍造兵廠)となりましたが、明治35年の海軍造兵廠時代に、この猫石が、猫塚から表門内正面へ移されたそうです。
その後、明治43年海軍造兵廠が築地の海軍用地へ移転した際、この猫石も再び移されました。
のち海軍造兵廠は、大正12年海軍艦型試験所及び海軍航空機試験所と合併し、海軍技術研究所となりましたが、海軍技術研究所は関東大震災によって大損害を受けたので、築地の用地を東京市に中央卸売市場用地として譲渡し、昭和5年9月に現在地に移転することになります。その際猫石も現在のこの場所に移されたとのことです。

猫石の由来は、「有馬の怪猫退治」などとして知られる(黙阿彌作「有松染相撲浴衣」、永井荷風作「日和下駄」、菊池寛作「有馬の猫騒動」等)猫の塚に由来するとも言われていますが、詳細はよくわからないようです。
この有馬の猫塚の跡と言われるものが、現在、北区立赤羽小学校の一隅にあるそうです。


海軍と猫、一見なんの関係もなさそうですが、移転の際に、二度も石まで移転されるってのはなかなか面白いですね。
その背後に当時の人々のどんな思いがあったのでしょうか・・・。


ちなみに、樊獪石の方は、もともと松平定信の邸内にあったものだそうですが、のちにその敷地が築地の海軍技術研究所となり、それが現在地に移転する際に、一緒に移されたものだそうです。



posted by Mana at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 名所旧跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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